第10回 非正規雇用と正規雇用の待遇差についての最高裁判決
2020年11月4日
国が進める働き方改革の一環としての「同一労働同一賃金」は、正規雇用(正社員)と非正規雇用(契約社員・パート・アルバイト・派遣社員)の待遇差を是正する政策(具体的には「パート・有期法第8条」に規定されている)ですが、まさにこの「待遇差」について裁判で争われてきた事件に、相次いで最高裁判決が出されました。今回は、これらの判決が意味するもの、そして今後、企業はどのように対応すれば良いのかを考えてみたいと思います。
1 大阪医科薬科大学事件の概要(2020年10月13日判決) ※企業側の勝訴
大阪医科大学(現・大阪医科薬科大学)の元アルバイト職員が、正社員には支給されている賞与がアルバイト職員の自分には支給されなかったことが、労働契約法20条違反となる不合理な待遇差に当たるとして損害賠償を求めていた事件。1審の大阪地裁の判決では、不合理には当たらないとしてこのアルバイト職員の請求は却下されましたが、2審の大阪高裁では一転して大学側に支払いを命じる判決が下されていました。
これまでいわゆる非正規雇用労働者に対して賞与の支払いを命じる判決が出たのは初めてで、今回の最高裁判決に注目が集まっていましたが、結果は「不合理とは言えない」という2審の判決を覆す判決となりました。
2 メトロコマース事件の概要(2020年10月13日判決) ※企業側の勝訴
東京メトロの関連会社で、主に地下鉄駅構内の売店で販売業務を行っているメトロコマース社の有期契約社員であった者が、正社員には支払われる退職金が有期契約社員に支払われないのは、労働契約法20条違反となる不合理な待遇差に当たるとして損害賠償を求めていた事件。
1審の東京地裁の判決では、同時に争点となっていた住宅手当等の不払いは不合理に当たるとされましたが、退職金の不払いは不合理に当たらないとの判決が下りました。2審の東京高裁では一転してメトロコマース社側に支払いを命じる判決が下されていました。
非正規雇用労働者に対して、しかも「有期契約社員」にも退職金を支払わなければならないのか、という点で、今回の最高裁判決に注目が集まっていましたが、結果は「不合理とは言えない」という大阪医科薬科大学事件と同様に2審の判決を覆す判決となりました。
3 日本郵便事件の概要(2020年10月15日判決) ※労働者側の勝訴
日本郵便の契約社員らが、同じ仕事をしているのに正社員と諸手当や休暇制度等に待遇格差があるのは労働契約法20条違反となる不合理な待遇差にあたるとして損害賠償などを求めた3件(佐賀、東京、大阪)の事件。それぞれ、概ね1審、2審ともに不合理に当たるという判決が下り、今回の最高裁においては、高裁で判断の分かれていた夏季冬季休暇も含めてすべて「不合理に当たる」という判決が下りました。大阪高裁が、夏季冬季休暇は勤続5年超の契約社員のみ不合理とした基準についても退けています。
最高裁判決のポイント
今回の最高裁の判決は、そのほとんどが労働契約法20条の「不合理な格差」であったかどうかで判断されています。ただし2020年4月以降、この「不合理な格差」は、パート・有期法8条として生まれ変わり、改めて正規雇用と非正規雇用の間に不合理な待遇差を設けることを禁止しています。この基準となっているのが、①業務の内容、②責任の程度、③職務の変更範囲、④その他の事情、の4点です。今回の最高裁の判決は、具体的にこの4要素に照らし合わせて導き出されていること、そして賞与や退職金、諸手当の目的や性質が重要な判断材料になっているのがポイントです。
まず、大阪医科薬科大学事件の判決文を読むと、「アルバイト職員の業務は相当に軽易であることがうかがわれるのに対し,教室事務員である正職員は,学内の英文学術誌の編集事務等,病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があったのであり,両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。」(一部抜粋)となっており、上記4要素①②について明確に述べられています。また,③についても「教室事務員である正職員については,正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し,アルバイト職員については,原則として業務命令によって配置転換されることはなく,人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていたものであり,両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)に一定の相違があったことも否定できない。」と述べられています。そして④その他の事情としては、「アルバイト職員については,契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていたものである。」と述べられています。
もう一つの重要な判断材料となる賞与の目的や性質については、「正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば,正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,正職員に対して賞与を支給することとした」と解されています。
その上で、「以上によれば,本件大学の教室事務員である正職員に対して賞与を支給する一方で,アルバイト職員である第1審原告に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。」と結ばれています。(「令和元年(受)第1055号、第1056号 地位確認等請求事件 令和2年10月13日 第三小法廷判決」判決文より抜粋)
メトロコマース事件においても同様に上記①~④の4要素と退職金の目的や性質から判決が導き出されています。
4要素 | 内容 | |
---|---|---|
1 | 業務の内容 |
業務の難易度、臨時対応業務の有無など 業務量、時間外労働、休日労働、深夜労働の必要性など |
2 | 責任の程度 |
管理する部下の人数、決裁権限の範囲、成果への期待度 目標管理に対する責任、数字に伴う結果責任など |
3 | 職務の変更範囲 |
配置転換、職種変更、出向の有無 昇格、降格人事の有無など |
4 | その他の事情 |
正社員登用制度の有無 会社独自のルール、労使慣行など |
一方の日本郵便事件は、4要素に照らしたとしても不合理であると認定されたことは、手当や休暇制度の目的や性質によるところが大きいといえます。争点となっていたのは「年末年始勤務手当」「祝日給」「扶養手当」「私傷病休暇」「夏季・冬季休暇」の5つです。その中で「年末年始勤務手当」の判決文を例にあげて説明いたします。
「年末年始勤務手当は,郵便の業務を担当する正社員の給与を構成する特殊勤務手当の一つであり,12月29日から翌年1月3日までの間において実際に勤務したときに支給されるものであることからすると,同業務についての最繁忙期であり,多くの労働者が休日として過ごしている上記の期間において,同業務に従事したことに対し,その勤務の特殊性から基本給に加えて支給される対価としての性質を有するものであるといえる。また,年末年始勤務手当は,正社員が従事した業務の内容やその難度等に関わらず,所定の期間において実際に勤務したこと自体を支給要件とするものであり,その支給金額も,実際に勤務した時期と時間に応じて一律である。上記のような年末年始勤務手当の性質や支給要件及び支給金額に照らせば,これを支給することとした趣旨は,郵便の業務を担当する時給制契約社員にも妥当するものである。そうすると,郵便の業務を担当する正社員と上記時給制契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても,両者の間に年末年始勤務手当に係る労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものといえる。」(「令和元年(受)第777号、第778号 地位確認等請求事件 令和2年10月15日 第一小法廷判決」判決文より抜粋)
本判決から読み取れることとして、「どのような働き方、どのような責任があろうとも、その手当が時期と時間等に対して一律に支払われるものであるとすれば、正規、非正規にかかわらず同等に支払わなければならない」ということになります。日曜、祝日等に勤務した場合に支払われる「祝日給」も、ほぼ同じ理由によるものです。
その他、扶養親族を有する者に支払われる「扶養手当」についても、扶養親族のある者の生活保障や福利厚生を図り、生活設計等を容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的によるものであるならば、正規、非正規に関わらず支払われるべきものと判断されています。
今後、企業が対応すべきこと
今回の最高裁判決は、今後の正規雇用と非正規雇用のあり方に、明確な基準を示したといって良いでしょう。それは「非正規雇用には賞与、退職金は支払わなくて良いが、手当や休暇制度は与えなくてはいけない」という単純なものではありません。
上記4要素に照らし合わせて、正規雇用と非正規雇用の職務内容の違いは何か、配置の変更範囲はどうか、正規雇用への登用制度は適正に運用されているか、有期契約の場合は期間の見通しはどの程度なのかなど、具体的にその差異を明確にして、実際にその通りに運用することが重要となります。また、賞与や退職金はなぜ支給するのか、今一度目的やその性質について検討することも重要です。
本判決を期に、正規雇用と非正規雇用の違いを洗い出し、労使間でよく話し合ってより良い制度へと変革することをお薦めいたします。